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    <title>役員からのメッセージ</title>
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        <title>パスツール研究所Department of Genomics and Geneticsの外部評価に携わって</title>
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        <description>パスツール研究所Department of Genomics and Geneticsの外部評価に携わって&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
磯野克己（かずさDNA研究所・参与）&lt;br&gt;
2008年10月29日&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
過日標記の外部評価委員を委嘱され、パスツール研究所で開かれた外部評価委員会に出席し、同研究所のDepartment of Genomics and Genetics（以下DGGと略す）の評価をまとめる任務に携わる機会がありました。フランスの研究機関のこのような任務を委嘱されたのは初めてですし、特にパスツール研究所の評価であったのでかなり緊張しましたが、何とか無事に任務を果たすことができたと思っています。そこでこの際、パスツール研究所を例として、外国の機関の評価がどのように行なわれるのかということの要点を紹介することも意義のあることと考え、ここに一文をしたためた次第です。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ご存知の方も多いと思いますが、パスツール研究所はフランスの国立の機関ではなく、あくまでもLouis Pasteurがその基礎を作った私的な研究機関（もちろん現在ではCNRSをはじめとするかなりの額の国の研究費が入っている）であり、したがって直接国による支配は受けていません。研究所の運営は、あくまでもPresidentならびにScientific Director、さらにDirectionと名付けられた専門の研究所職員（すべて学位保持者であることは言うまでもありません）からなる運営上の執行機関が研究所の運営の任に当り、加えてScientific Councilという常設の委員会（メンバーは研究所外のフランス人および外国人）があって、必要に応じて研究所の運営の方向が議論されています。そして、このDirectionからの要請に応じて、通常は4年に一度、それぞれのdepartmentを評価する外部評価委員会が設置され、department全体の業績の評価、departmentの下部機構であるunitと名付けられたグループならびにそれ以外のグループ（unitは通常10年単位で継続を審査されるのですが、より若手の研究者が中心となったG5と名付けられた5年単位で設置されたグループもあります）の研究評価が行なわれます。今回の外部評価には、これらに加えて、DGGに貼り付けられているplatformと名付けられ、ゲノムの塩基配列決定や、バイオインフォーマティクスなどのように、研究所全体に共通する業務を行なうグループの評価も担当しました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
今回私がDGGの外部評価委員の委嘱を受けたのは、本年1月に、古い友人であるAntoine Danchinから外部評価委員を引き受けてくれるかどうかの問い合わせがあったことによります。外部評価委員会の設置過程についてAntoine（彼が現在DGGの長）に聞いたところによれば、まず部門の運営責任者であるAntoineが十名以上の候補者名簿を上述したDirectionに提出し、その中からDirectionが必要と考える人数を選定して依頼するのだということです。今回の評価委員は、イギリス人2名、アメリカ人3名（うち1名はアメリカに帰化したフランス人）、スェーデン人1名、デンマーク人1名（Scientific Councilのメンバーでもある）、および私の8名でした。ただし、直前になってこのうちの1名の方が交通事故によって委員を辞退しましたので、最終的には7名で審査に当りました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
評価委員会では、まず、それぞれのグループの責任者が自己のグループの活動の概要について述べ、その後当該グループのシニア研究員が研究活動を発表します。時間はグループの設置条件や規模によって、30分、60分および90分に設定されており、この時間内で各委員からの質疑応答を行ないます。もちろん、それぞれのグループの活動概要については、あらかじめ印刷物ならびにCDが配布されており、われわれ委員はこれらの資料に目を通した上で上記の発表に臨むことが求められていました。しかし、あらかじめそれらの資料に目を通すことでそれぞれのグループの問題点をある程度は把握することはできても、実際に発表を聞いて質問することにより、内容について部分的に誤解していたことがわかることもありますし、また業績についてのグループの力点の置き方等も、資料を読んだ上で得たものとはかなり印象の違うこともありました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
このような発表会を終えた後、2日目の午後に委員だけで集まり、まずDGGの評価について意見交換した上で、半日かけてそれぞれのグループの評価書の草稿を書き、それらをまとめて3日目の午前に開かれたScientific Councilに提出しました。私はこの外部評価委員会の委員長を仰せつかっておりましたので、DGG全体としての評価を書くこととともに、それぞれの委員から提出された評価書の草稿のフォーマットを整えてまとめ、PDFファイルにしてScientific Council担当の秘書に手渡すという作業をしなければならず、2日目の夜は結局4時間位しか眠る時間がありませんでした。いずれにせよこのようにして3日目の午前中一杯かけてScientific Councilで評価の概要報告とCouncilメンバーからの質疑に対して回答し、無事現場での委員会を終了しました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ちょうどこのわれわれの外部評価委員会が開かれている時に、Luc Montagnier博士とFrançoise Barré-Sinoussi博士のノーベル医学生理学賞の受賞の報がもたらされ、パスツール研究所内での記者会見などがありました。ただし、われわれには評価報告書を最終的にまとめる仕事が残されていましたので、当然のことながらまったく無関係でしたが・・・。帰国後、各委員とのe-mailsのやり取りを通じて報告書の最終版をまとめ、ようやく昨日Direction宛てに最終的にまとめたもの送付することができ、長い間の肩の荷を下ろすことができてほっとした次第です。膨大な時間とエネルギーを使った外部評価でしたが、この経験からすると日本の大学や研究所の評価ももっとエネルギーを投じてきちんとする必要があるのではないかと思います。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
以上&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
</description>
        
        <dc:creator>役員からのメッセージ</dc:creator>
        <itunes:author>役員からのメッセージ</itunes:author>
        <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 21:47:56 +0900</pubDate>
        
        
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        <title>Steady State Growth, Differentiation Period and Stationary Phase</title>
        <link>http://sgmj.comlog.jp/pblog/2509.html</link>
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        <description>2008年の新年を迎えるにあたって、我国は2.1％の経済成長目標を立てている。日本はいつまでも成長を続けなければならないのだろうか。12月26日付けの朝日新聞によると、平均の日本人は地球2.4個分の消費生活をしているのだそうだ。地球1個分が持続可能な消費と推定されているから、我々先進国が地球を回復不可能な状況に追い込んでいるのは疑えない。それでも地球がなんとか耐えているのは、1個分以下の中国 (0.9)、インド (0.5)、アフガニスタン (0.1)、などのおかげなのだ。また、京都議定書に従えば日本はCO2の排出量を約15％減少しなければならない。このような難題をかかえながら、どうすれば経済成長をつづけることができるのか、経済学者に解いてもらいたいものである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;経済には不得手でも、我々は微生物からgrowthを学ぶことができる。ここに一冊私が40年来最も大切にしている書物がある。デンマークのOle Maaloe (オーレ・モーレ)は1950年代の分子遺伝学の先駆者で、ワトソンをはじめ当時の微生物学の学徒がコペンハーゲン詣でと称して、一度は訪れていた優れた学者であった。彼は細胞増殖のような複雑なシステムの研究には&lt;i&gt;in vitro&lt;/i&gt;の生化学実験と&lt;i&gt;in vivo&lt;/i&gt;の細胞実験との適切な連携が必須で、&lt;i&gt;in vitro&lt;/i&gt;で得られた結果は必ず&lt;i&gt;in vivo&lt;/i&gt;で検証する必要があると説いた。また&lt;i&gt;in vivo&lt;/i&gt;実験では正常なバランスがとれた生育状況を実験操作により乱すことなく解析する ”measurement”を工夫することが重要であると主張していた。その思考の集大成が1966年に出版された、名著 ”Control of Macromolecular Synthesis: A study of DNA, RNA and Protein Synthesis in Bacteria” (W. A. Benjamin, INC, New York)である。&lt;br&gt;&lt;br&gt;この書は当時の分子生物学の知見を網羅して、バクテリアの“steady state growth”とその変化について数理的解析を加えて説いたもので、それまで無秩序的な成長と見なされていたバクテリアのgrowthにはじめて、細胞周期と複製周期の概念を導入した画期的なものであった。DNA、RNA、タンパク量に加えて、末岡と私が開発した遺伝子頻度が優れた ”measurement”として紹介されている。枯草菌の形質転換をもちいて遺伝子の相対的な頻度を測定すると、複製開始点近傍の遺伝子と複製終点近傍の遺伝子頻度の比は2となる。これは複製周期と分裂周期が一致したsteady state growthを反映している。もし豊かな培地で分裂周期が短縮すると頻度比は大きくなり、分裂周期が複製周期の1/2になると遺伝子頻度の比は4となる。このとき、ゲノムは複製フォークが3個の状態で複製されていることになる。このように複製開始点と終結点の遺伝子頻度の比はバクテリアのgrowthのすぐれた指標になるのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;細胞密度が増えてgrowthがstationary phaseに近づくと遺伝子頻度比は2から徐々に減少しstationary phaseに達すると1となる。すなわちDNA複製は完了し、すべての遺伝子は同じ頻度になるのだ。頻度が2と1の間の成長の曲がり角の時期は複製中の細胞と複製を終了した細胞集団が混在する状況だと考えられるが、この時期に細胞は大きな生理的変化を起こすことが知られている。枯草菌では各種の分泌酵素の生産、DNA取り込み能力などが活性化され、さらに条件によっては胞子形成への過程が誘導される。その過程ではGrowth Phaseとは異なるRNAポリメラーゼ(シグマ因子)の発現が逐次的に起こるばかりでなく、遺伝子の再編成や細胞膜形成と連動したタンパク修飾といって高次な生合成制御が起こっている。これはまるで真核細胞が増殖を止めて分化するのと同じようだ。Growth PhaseからStationary Phaseへの曲がり角の時期はDifferentiation Periodといっていもよいのではないかと私は思っている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;他のバクテリアについても、この曲がり角の時期の生理の研究が進んでいる。石浜明さんの研究では大腸菌にもシグマ因子カスケードが誘発され、Stationary Phaseにおける長期の生存に必須な機能が作られると記憶している。多くの種類のバクテリアで細胞間コミュニケーションが活発に起こり、二次代謝物質の生産が行われるのもこの時期ではないだろうか。Growth Phaseはバクテリアに共通の普遍的な機構で高分子が合成され、細胞周期が進行し、分裂に至る。これに対し曲がり角の時期は種に固有の多様な表現形が現れる。これもDifferentiationに特徴的な性質だといえるだろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;最近、微生物ゲノムの研究会に出席して、Lag phaseからSteady State Growthを経てStationary phaseにいたる、いわゆるGrowth Cycle の研究が多いのに驚かされた。私にとっては、微生物細胞学のルネサンスのように感じられる。もちろん“measurement”はmicro-arrayなどゲノム情報を駆使した新しい技術であり、得られた豊富な情報は情報科学的技術によって解析されている。このような研究から、Growthの基本的原理とDifferentiation PeriodやStationary Phaseの多様性の全貌が着々と解決される予感がする。その知識はさまざまな新規微生物機能の応用に利用されるであろう。面白くて役に立つ、ゲノム科学は捨てたものではない、といえる一例ではないだろうか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;2008年、新年のresolutionに戻ろう。世の中がglobalizationの掛け声で成長を競い合っても、少しも面白くないし、地球の悲鳴が聞こえてくるだけだ。これまで成長に邁進してきた先進国の人間はGrowthを止めてStationary Phaseへ向かう転換をすべきではないだろうか。微生物が教えるようにその過程では地域に個性的な多様な活動がおこり、新しい文化が生まれることが予想される。持続性可能なライフスタイルはまさにバクテリアのStationary Phaseのスタイルを真似ることなのだと経済学者に提案できるように、Stationary Phaseへの転換と維持のメカニズムを早急に明らかにしたいものである。&lt;br&gt;&lt;br clear="all" /&gt;&lt;hr /&gt;&lt;p style="margin-top:0;text-align:right;"&gt;投稿者：日本ゲノム微生物学会会長　吉川寛&lt;/p&gt;</description>
        
        <dc:creator>役員からのメッセージ</dc:creator>
        <itunes:author>役員からのメッセージ</itunes:author>
        <pubDate>Fri, 28 Dec 2007 10:06:02 +0900</pubDate>
        
        
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        <title>学会賞について</title>
        <link>http://sgmj.comlog.jp/pblog/88.html</link>
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        <description>昨年3月、第一回の総会において本学会に研究奨励賞を設定することを提案し承認を受けた。現在その具体的な要綱を作成し、評議員会の承認を得る手順が進行中である。この機会に学会賞について考えてみたい。&lt;br&gt;&lt;br&gt;私には学会賞について苦い思い出がある。足掛け9年の米国での留学生活を終え、1969年7月金沢大学癌研究所に教授職を得て帰国した。その私を待っていたのは、金沢大学で開かれていた遺伝学会において発生した学会賞批判の抗議行動とそれを契機にして起こった癌研究所の紛争であった。その後3年間教授会が開催されないという異常な状況の中で、日本での不慣れな研究生活を余儀なくされたのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;60年度後半、フランスのパリ大学で起こった学生による民主化運動は燎原之火のように世界中のキャンパスに広がった。私が滞在していたカリフォルニア大学バークレー校では学内でのフリースピーチムーヴメントとヴェトナム戦争反対が重なって連邦軍の戦車が大学街を疾走するような事態に発展した。日本では東京大学の医学部から発火し、時計台の闘争で幕を閉じている。運動の基本には大学の閉鎖性とそれによって守られていたヒエラルキーに対する批判であったが、当時台頭した極左運動による極端に暴力的な行動に阻害されて、改革の実績を得ること少なく終息したことは残念である。&lt;br&gt;&lt;br&gt;69年に金沢で起こった学会賞問題と癌研究所の紛争は、時期遅れで一地方のスケールの小さいものではあったが、大学における教育研究の民主化を求めた、改革の原則を踏まえたものであった。火種となった学会賞問題では、大学の講座において行われている共同体による研究が評価された時に、指導者であるボス一人に賞が与えられることにたいする研究員の反発が原因になっていた。その背景には戦後20年を経てなお古臭い講座制度に対する新しい戦後世代の正常な反応があったことは間違いないだろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;学会賞問題が提起した「共同研究における個人の役割と貢献の評価」という課題は学会賞に限らず、ノーベル賞を含めて科学研究に対するあらゆる賞における永遠の課題である。この問題を正面から受け止めた遺伝学会は学会員による議論を重ねた結果一定期間受賞を中断している。その後どのような判断によって学会賞が復活されたのか私は知らない。一方、78年に発足した分子生物学会は学会賞を作らないことを会の基本方針としたが、私は個人的にも会長経験者としても正しい選択であったと思っている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;学会賞を持たない分子生物学会には、そのことによる格別の支障はなかった。しかし、十数年前から大学や公的な研究機関における様々な活動に対して評価を求める風潮が起こり、当時の文部省は学内の人事における昇給や昇任について客観的な評価を求めるようになった。論文の数や引用数が問われるようになる中で、学会賞までが客観的評価の指標として使われるようになったのである。当時分子生物学会の会長を務めていた私は、遺伝学研究所所長から、所内の評価において、学会賞をもつ遺伝学会員ともたない分子生物学会員の間に不公平が生じて困っているという相談を受けた。おそらく他の生物、生化学、医学関係の教育研究機関でも管理職は同様の悩みを持っていたであろう。このような状況をうけて、分子生物学会は検討を重ねた結果、3年前、企業からの申し出を契機に研究奨励賞が設けられた。企業の名を冠してはいるが、学会が公募し、選定して年会において受賞講演を行っているのを見ると、学会賞と見なしてよいであろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;プロジェクト研究は言うまでもなく、個別研究といわれるものでも、複数の研究者による共同研究が普通に行われている。論文作成にあたって、筆頭著者とcorresponding author さらに共同研究者の序列をきめるのは論文執筆以上に難しいことである。最近はequal contribution といった私の時代には未経験の分類も行われている。研究者を賞によって顕彰することは個人の研究を総合的に評価することであり、評価の客観性を保証するためには、論文に頼らざるを得ない。したがって、それぞれの論文における研究者の貢献度をいかに判断し評価するがが重要になる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;分子生物学会と同様に日本ゲノム微生物学会が若手研究者に対する奨励賞を選択したのは優れた若い研究者を顕彰することによってこの分野の研究を推進し、研究を支える若い研究者を激励することが目的であることはいうまでもない。しかし、個人を顕彰することによって共同研究者の間に不公平感をもたらすようでは、賞の意味がなくなってしまう。賞に応募する際には、自薦、他薦を問わず、賞の対象となる研究における応募者の貢献度を可能な限り客観的に検証し、共同研究者の同意を得ることを大前提にしなければならない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;あらゆる賞には光と影がつきものであり、私はどちらかといえば影が気にかかるほうである。しかし、世の中にこれだけ多くの賞が存在することは光の部分があることもたしかであろう。ゲノム微生物学会の奨励賞が若い研究者が目標とするような“光”となるように学会全体で育てたいと願っている。&lt;br&gt;&lt;br clear="all" /&gt;&lt;hr /&gt;&lt;p style="margin-top:0;text-align:right;"&gt;投稿者：日本ゲノム微生物学会会長　吉川寛&lt;/p&gt;</description>
        
        <dc:creator>役員からのメッセージ</dc:creator>
        <itunes:author>役員からのメッセージ</itunes:author>
        <pubDate>Sat, 10 Nov 2007 13:22:25 +0900</pubDate>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>網羅と枚挙</title>
        <link>http://sgmj.comlog.jp/pblog/30.html</link>
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        <description>&lt;font color="#0000FF"&gt;ゲノム研究が始まってから、生命科学関係の雑誌や報告書にこれまであまり見慣れない「網羅」という言葉が多く使われるようになった。類似の言葉である「枚挙は」枚挙の生物学というように、新鮮味のない重箱の隅をつつくような研究をさして使われることがある。枚挙と網羅はどう違うのか、網羅のほうが枚挙より上等なのなか、どちらもゲノム研究にとっては重要な概念だと思うので、あらためて考えてみた。&lt;/font&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;広辞苑によると「網羅」は、魚を捕るあみを意味する“網”と鳥を捕るあみを意味する“羅”を合わせて、洩らすことなく、すべてに及ぶこと、「枚挙」は一つ一つ数え上げること、と定義されている。枚挙にいとまがないというのは非常にたくさんありすぎて数えきれない状況のことだ。蝶やカミキリムシなど昆虫のコレクターにとって、網羅と枚挙葉は雲泥の相違、だれもが網羅を目指しながら、枚挙にいとまがないのが現実なのだ。新しい種を発見した時、蝶ならば大騒ぎをするが、蛾の一種なら、気に留めることも少ないのは、蛾の種類は蝶の何百倍もあって網にかからないものが無数に残っているからだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;枚挙を網羅に変える工夫がある。産地を限定するのはその一つで、日本産とすれば、蛾でも網羅することは不可能ではない。それでも中学生には至難の業だから、その昔、神戸一中の博物会の場合は六甲山系の蝶と蛾を網羅の対象としていたように記憶している。もっと大がかりな工夫は図鑑の作成だ。原色日本昆虫図鑑だとか、世界のアゲハチョウと銘打った図鑑が多数出版されているが、どれも日本や世界の虫を網羅しているという保証はない。しかし、それらを網羅の基準とすれば、それを完成することはコレクターの大変誇り高き目標になりうるのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;人工物と異なり、自然には原子から宇宙まで網羅できるものなど存在し得ないから、網羅とは所詮相対的なものだと思われていた。ところがゲノムの解読が行われて、その常識的感覚が覆った。情報量が巨大だから、あまり気にかけていなかったのかもしれないが、ゲノムの塩基配列は、当たり前だが有限なのである。ヒトゲノムはたとえ30億を超えても9桁の塩基数の数字すべてを正確に網羅することができるはずである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;Genomeは元々倍数性染色体をもつ複雑な植物の祖先系の解析から、種に対応する最少染色体（遺伝型）を表すものとして定義されたものであり、現在の網羅的概念と矛盾していない。しかしこれを“gene (遺伝子)＋ome(全体)”＝“遺伝子の全て”と解釈すると網羅があやしくなる。非コード領域が情報を持つかどうかの議論は無視するとしても、geneそのものの概念が流動的だからである。ヒト遺伝子が25,000しか見つからないという驚きも、そこに原因がある。Beadleらの1 gene-1 enzymeから進化した1 cistron-1 peptideを多少モディファイして、1 cistron-1 peptide or RNAと定義するとして、一つの遺伝子領域から複数（または多数）のpeptideやRNAがalternative promoterやsplicingなどで生産されるとすると、遺伝子の定義は複雑になる。そのうえ、遺伝子発現は各種のタンパクがからんでいるから、細胞内外の環境によって影響される予想困難な柔軟性を持っている。このように考えると本来は決定的な遺伝形質であったgeneが表現形質と区別がつかなくなってしまっている。言い換えれば、情報としてのGenomeは網羅的な解析が可能な対象ではなくなっているのだ。網羅的なのはハードなゲノム配列だけなのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;Genome自身がそうなのだから、その表現型である、transcriptomeとproteomeが&lt;font color="#0000FF"&gt;時間的にも空間的にもきわめて多様で、一義的に網羅できる対象で&lt;/font&gt;ないことは分り切っている。&lt;font color="#0000FF"&gt;それなのに、omeと名付けたところに問題がある&lt;/font&gt;。さらに、metabolome, physiome, phenomeなどが加わって、&lt;font color="#0000FF"&gt;Ome 研究といえば、あたかも生命現象全体を網羅し統合するような誤解を与えている&lt;/font&gt;。Protein 3000プロジェクトもその一例だろう。プロジェクトの当初は1000だった目標が2000，3000と変化したことを見ても分かるように、たんぱくの機能的構造モジュールの総数が3000という根拠はどこにもなく、3000は枚挙の目安に過ぎないのだから。&lt;br&gt;&lt;br&gt;枚挙も決して捨てたものではない。意味のある枠組みを作れば、網羅に格上げすることができるからだ。網羅が枚挙よりも格がうえであることは、ゲノム配列を決定した研究者は経験済のことだろう。全配列決定の最後の数％はそれまでの解析以上に困難であり、ブレークスルーに必要なさまざまな課題に苦しめられる。そのような経験こそが新しい技術の開発や重要な知識の発見に繋がっていることは枚挙にいとまがない。最近、ゲノム分野の研究報告をみていると“網羅する”、“網羅的“と言った言葉が良く使われている。それを見るたびに私は枚挙を網羅と騙されないように、どのような枠組み、それもどのような生物学的に意味のある枠組みによって括られているかどうかを注意深く調べるようにしている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;さて、ゲノム研究の新しい分野として注目を集めているメタゲノムはどうだろう。新しい遺伝子や新しい微生物機能の探索を目的としたものは、従来のマススクリーニングにゲノム解析技術を利用するだけに過ぎないから、議論するまでもなく、&lt;font color="#0000FF"&gt;たとえ枚挙であっても&lt;/font&gt;その有用性に疑問の余地はない。検討が必要なのは、特定の環境に生息する微生物（特に細菌・ウィルス）群集とその相互作用によって、環境の成立・維持・変化を理解しようとする基礎生物学としてのメタゲノム研究だ。メタゲノムには従来の環境微生物学や微生物生態学が解決できなかった多くの課題にブレークスルーを起こし、環境や生態の学問領域に新しいパラダイムを創造することが期待されている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;研究を推進する立場の科学者としては、メタゲノムが本当に画期的な方法なのかどうか検証する必要がある。検証のひとつに“網羅”と“枚挙”が役に立つ。微生物の群集とその物理的・生物的相互作用にかかわる要素は限りなく多く、とうてい網羅できるものではない。しかし、網羅しない限り、全体を総合するコンセプトは生まれない。この矛盾を解決できなければ、どんなに多くの要素を発見したとしても、結局枚挙に終わってしまうだろう。必要なことは&lt;font color="#0000FF"&gt;優れた&lt;/font&gt;網羅の枠組みを作ることだ。もし生物学的に意味のある枠組みが設定されれば、網羅されたものがたとえ全体の一部に過ぎなくても、全体のコンセプトの形成に意味のある部分的なコンセプトを明らかにすることができるだろう。枠組みの設定にはメタゲノム技術の可能性と限界についての専門知識と、微生物環境や生態研究に関する経験と深い知識が不可欠である。いうまでもないがこれまで異分野で育った研究者の共同作業が必須なのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;網羅と枚挙を肴にして、メタゲノムについて議論する機会をゲノム微生物学会のなかでぜひ作ってほしい。&lt;br&gt;&lt;br clear="all" /&gt;&lt;hr /&gt;&lt;p style="margin-top:0;text-align:right;"&gt;投稿者：日本ゲノム微生物学会会長　吉川寛&lt;/p&gt;</description>
        
        <dc:creator>役員からのメッセージ</dc:creator>
        <itunes:author>役員からのメッセージ</itunes:author>
        <pubDate>Wed, 08 Aug 2007 18:45:54 +0900</pubDate>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>ゲノムについて想うこと</title>
        <link>http://sgmj.comlog.jp/pblog/24.html</link>
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        <description>ゲノムについて想うこと　&lt;br&gt;&lt;br&gt;会長就任以来“ゲノム”が脳裏を去ることがない。&lt;br&gt;　この間ふたつの出来事があった。一つは私自身が深くかかわった日中合作のカイコゲノムプロジェクトのことだ。4年前（2003年12月）に遡る。中国がX6, 日本が X3 どちらも中途半端なWGS配列を決定した時点から、双方のデータを融合してX9 アッセンブリーを目的とする共同研究（中国語では合作）の模索がはじまった。どちらも国家的事業という面子があるから融合は容易ではなく、とりあえず、それぞれが自前のデータで論文として発表し（日本はDNA Research, 中国はScience）、あらためて検討にはいったのは2005年４月のことであった。それから2年、日本からfosmid end 配列などの情報を追加して、ようやく2007年4月、重慶において合同論文の作成作業開始の調印にこぎつけることができた。&lt;br&gt;　重慶で3回、東京で2回ひらかれた一連の国際会議のなかで印象的な出来事があった。それは、2回目の重慶の会議に初めて北京のBeijing Genome Institute (BGI)から若い情報研究者Jun Wang 博士が参加した時に始まった。重慶西南農業大学の関係者の多くは日本への留学経験があり日本のカイコ研究者と個人的にも国際的なカイココミュニティーのなかでも親しい関係にあるため、それまでの会議は日本語が飛び交う友好、協調的な雰囲気に包まれていた。そこに、過去のしがらみと日本語に無縁で、流暢な英語をしゃべる情報研究者が現れ、会議の主導権を奪ってしまったのだ。&lt;br&gt;　Wang 博士は1976年生まれ、99年北京大学卒業、2002年PhDを取得している。人工頭脳分野の教育を受けたが、99年からBioinformatics 分野の研究に従事している。MITゲノムセンター、ワシントン大ゲノムセンター、サンガーセンターなどで短期間研修を経験しているが、留学といえるような記録はない。いわば純粋に中国産といえるようだ。このような情報科学分野ですぐれた能力をもち、国際性を備えた人材が中国で育っている事実を目の当たりにしたとき、素直には信じられない思いであった。現在Bioinfomrtics Departmentのヘッドである彼は中国科学アカデミーの正教授、北京大学の客員教授、さらにSouthern Denmark 大学とAarhus 大学の客員教授を兼任、全体で十数人のPh.D.students を指導しているという。&lt;br&gt;　この若者がkey player の一人となって99年に創設されたBGIは経済成長の追い風にのって、世界有数の大量ゲノム研究センターに成長している。北京とHangzhou (杭州市)、二つのキャンパスを合わせると、112台のキャピラリーと６機のSolexa (Illumina社)シーケンサーを備え、一日に2Gの短い（30-50b）配列と50Mbの長い（~600bp）配列を世界最低コストで決定できると豪語している。センターには100人を越えるbioinformatics 専門家が７機のスーパーコンピュータ（約100 Terabyte）を駆使して、data processing, data analysis, data warehousing を行っている。ヒト、イネ、カイコゲノムの国際プロジェクトを終了して、現在はデンマークとのブタゲノム、米・英国とのニワトリゲノムの共同研究と独自にはパンダゲノムと腸内細菌メタゲノムに挑戦中のようだ。&lt;br&gt;Wang 博士自身はIntegrative Biomedicine の分野に焦点を当て、分子から細胞レベルのゲノムワイドなデータを生産(data generating)し、抽出(data mining)する統合的プラットフォーム作りに挑戦している。とにかく陽気で開放的、まるでアメリカの若者と会っているようで、朝一番に出会って、研究の哲学について、山登りのこと、私のチョウの趣味と研究のことを共通語（英語）で語り合うのが楽しみであった。BGIセンター100人のスタッフの平均年齢は2003年時点で24.5歳と報じられている。Wang博士と同時代の若者が中国の民主化政策の中で、健やかに育ってほしいものである。&lt;br&gt;　第二の事件はワトソンのゲノム配列公開のニュースだ（2007年5月28日、ニューズウィーク）。ワトソンのゲノム多型を知りたいとは思わないし、Wangと中国ゲノム事情と即、繋がるようにも見えない。しかし、特定の個人の全ゲノム情報が公開されたことが、分子博物学時代の黎明をつげる象徴的な出来事だとしたらどうだろう。いや「だろう」ではなく、そうに違いない。微生物から霊長類まで、ゲノムリストは増え続けている。ワトソンゲノムはヒトのHapMap 計画を飛躍的に推進するだろう。生物多様性ゲノム学とヒトゲノム学は着実に進行している。しかも、この博物学のルネサンスは膨大な記述の学にとどまらず、生物科学・情報学・数学の融合によって、未知の普遍的生命原理の追求から個別現象を推論する演繹的手法を開発する新しい科学分野を拓くに違いない。&lt;br&gt;　この科学の変革は米・英（欧）に先導されている。中国は追いつこうとしている。日本はどうだろう、機能にこだわってスタートで躓いた日本はゲノム科学のプラットフォーム作りに遅れをとってしまった。問題なのはそれに気づいていないことだ。配列決定が軌道に乗ってから、最近６-７年間の推移をみればあきらかだろう。日本の配列決定と情報解析能力はほとんど進化していない。メダカゲノムの解読で人間の病気が解決するかのようにはしゃいでいるのは、後に続くものがないことの証拠だろう。シーケンサーなどの新技術はお金で買うことができる、問題は人、新しい科学を担う人材が育っていないことだ。Wang とやりあった日本の若手情報研究者が「もうだめだなーカテッコないよ」とつぶやいていたのが忘れられない。&lt;br&gt;&lt;br clear="all" /&gt;&lt;hr /&gt;&lt;p style="margin-top:0;text-align:right;"&gt;投稿者：日本ゲノム微生物学会会長　吉川寛&lt;/p&gt;</description>
        
        <dc:creator>役員からのメッセージ</dc:creator>
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        <pubDate>Fri, 29 Jun 2007 10:45:44 +0900</pubDate>
        
        
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