学会賞について

  • 役員からのメッセージ
  • at 2007/11/10 13:22:25

昨年3月、第一回の総会において本学会に研究奨励賞を設定することを提案し承認を受けた。現在その具体的な要綱を作成し、評議員会の承認を得る手順が進行中である。この機会に学会賞について考えてみたい。

私には学会賞について苦い思い出がある。足掛け9年の米国での留学生活を終え、1969年7月金沢大学癌研究所に教授職を得て帰国した。その私を待っていたのは、金沢大学で開かれていた遺伝学会において発生した学会賞批判の抗議行動とそれを契機にして起こった癌研究所の紛争であった。その後3年間教授会が開催されないという異常な状況の中で、日本での不慣れな研究生活を余儀なくされたのである。

60年度後半、フランスのパリ大学で起こった学生による民主化運動は燎原之火のように世界中のキャンパスに広がった。私が滞在していたカリフォルニア大学バークレー校では学内でのフリースピーチムーヴメントとヴェトナム戦争反対が重なって連邦軍の戦車が大学街を疾走するような事態に発展した。日本では東京大学の医学部から発火し、時計台の闘争で幕を閉じている。運動の基本には大学の閉鎖性とそれによって守られていたヒエラルキーに対する批判であったが、当時台頭した極左運動による極端に暴力的な行動に阻害されて、改革の実績を得ること少なく終息したことは残念である。

69年に金沢で起こった学会賞問題と癌研究所の紛争は、時期遅れで一地方のスケールの小さいものではあったが、大学における教育研究の民主化を求めた、改革の原則を踏まえたものであった。火種となった学会賞問題では、大学の講座において行われている共同体による研究が評価された時に、指導者であるボス一人に賞が与えられることにたいする研究員の反発が原因になっていた。その背景には戦後20年を経てなお古臭い講座制度に対する新しい戦後世代の正常な反応があったことは間違いないだろう。

学会賞問題が提起した「共同研究における個人の役割と貢献の評価」という課題は学会賞に限らず、ノーベル賞を含めて科学研究に対するあらゆる賞における永遠の課題である。この問題を正面から受け止めた遺伝学会は学会員による議論を重ねた結果一定期間受賞を中断している。その後どのような判断によって学会賞が復活されたのか私は知らない。一方、78年に発足した分子生物学会は学会賞を作らないことを会の基本方針としたが、私は個人的にも会長経験者としても正しい選択であったと思っている。

学会賞を持たない分子生物学会には、そのことによる格別の支障はなかった。しかし、十数年前から大学や公的な研究機関における様々な活動に対して評価を求める風潮が起こり、当時の文部省は学内の人事における昇給や昇任について客観的な評価を求めるようになった。論文の数や引用数が問われるようになる中で、学会賞までが客観的評価の指標として使われるようになったのである。当時分子生物学会の会長を務めていた私は、遺伝学研究所所長から、所内の評価において、学会賞をもつ遺伝学会員ともたない分子生物学会員の間に不公平が生じて困っているという相談を受けた。おそらく他の生物、生化学、医学関係の教育研究機関でも管理職は同様の悩みを持っていたであろう。このような状況をうけて、分子生物学会は検討を重ねた結果、3年前、企業からの申し出を契機に研究奨励賞が設けられた。企業の名を冠してはいるが、学会が公募し、選定して年会において受賞講演を行っているのを見ると、学会賞と見なしてよいであろう。

プロジェクト研究は言うまでもなく、個別研究といわれるものでも、複数の研究者による共同研究が普通に行われている。論文作成にあたって、筆頭著者とcorresponding author さらに共同研究者の序列をきめるのは論文執筆以上に難しいことである。最近はequal contribution といった私の時代には未経験の分類も行われている。研究者を賞によって顕彰することは個人の研究を総合的に評価することであり、評価の客観性を保証するためには、論文に頼らざるを得ない。したがって、それぞれの論文における研究者の貢献度をいかに判断し評価するがが重要になる。

分子生物学会と同様に日本ゲノム微生物学会が若手研究者に対する奨励賞を選択したのは優れた若い研究者を顕彰することによってこの分野の研究を推進し、研究を支える若い研究者を激励することが目的であることはいうまでもない。しかし、個人を顕彰することによって共同研究者の間に不公平感をもたらすようでは、賞の意味がなくなってしまう。賞に応募する際には、自薦、他薦を問わず、賞の対象となる研究における応募者の貢献度を可能な限り客観的に検証し、共同研究者の同意を得ることを大前提にしなければならない。

あらゆる賞には光と影がつきものであり、私はどちらかといえば影が気にかかるほうである。しかし、世の中にこれだけ多くの賞が存在することは光の部分があることもたしかであろう。ゲノム微生物学会の奨励賞が若い研究者が目標とするような“光”となるように学会全体で育てたいと願っている。


投稿者:日本ゲノム微生物学会会長 吉川寛


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