2008年の新年を迎えるにあたって、我国は2.1%の経済成長目標を立てている。日本はいつまでも成長を続けなければならないのだろうか。12月26日付けの朝日新聞によると、平均の日本人は地球2.4個分の消費生活をしているのだそうだ。地球1個分が持続可能な消費と推定されているから、我々先進国が地球を回復不可能な状況に追い込んでいるのは疑えない。それでも地球がなんとか耐えているのは、1個分以下の中国 (0.9)、インド (0.5)、アフガニスタン (0.1)、などのおかげなのだ。また、京都議定書に従えば日本はCO2の排出量を約15%減少しなければならない。このような難題をかかえながら、どうすれば経済成長をつづけることができるのか、経済学者に解いてもらいたいものである。
経済には不得手でも、我々は微生物からgrowthを学ぶことができる。ここに一冊私が40年来最も大切にしている書物がある。デンマークのOle Maaloe (オーレ・モーレ)は1950年代の分子遺伝学の先駆者で、ワトソンをはじめ当時の微生物学の学徒がコペンハーゲン詣でと称して、一度は訪れていた優れた学者であった。彼は細胞増殖のような複雑なシステムの研究には
in vitroの生化学実験と
in vivoの細胞実験との適切な連携が必須で、
in vitroで得られた結果は必ず
in vivoで検証する必要があると説いた。また
in vivo実験では正常なバランスがとれた生育状況を実験操作により乱すことなく解析する ”measuremen
t”を工夫することが重要であると主張していた。その思考の集大成が1966年に出版された、名著 ”Control of Macromolecular Synthesis: A study of DNA, RNA and Protein Synthesis in Bacteria” (W. A. Benjamin, INC, New York)である。
この書は当時の分子生物学の知見を網羅して、バクテリアの“steady state growth”とその変化について数理的解析を加えて説いたもので、それまで無秩序的な成長と見なされていたバクテリアのgrowthにはじめて、細胞周期と複製周期の概念を導入した画期的なものであった。DNA、RNA、タンパク量に加えて、末岡と私が開発した遺伝子頻度が優れた ”measurement”として紹介されている。枯草菌の形質転換をもちいて遺伝子の相対的な頻度を測定すると、複製開始点近傍の遺伝子と複製終点近傍の遺伝子頻度の比は2となる。これは複製周期と分裂周期が一致したsteady state growthを反映している。もし豊かな培地で分裂周期が短縮すると頻度比は大きくなり、分裂周期が複製周期の1/2になると遺伝子頻度の比は4となる。このとき、ゲノムは複製フォークが3個の状態で複製されていることになる。このように複製開始点と終結点の遺伝子頻度の比はバクテリアのgrowthのすぐれた指標になるのである。
細胞密度が増えてgrowthがstationary phaseに近づくと遺伝子頻度比は2から徐々に減少しstationary phaseに達すると1となる。すなわちDNA複製は完了し、すべての遺伝子は同じ頻度になるのだ。頻度が2と1の間の成長の曲がり角の時期は複製中の細胞と複製を終了した細胞集団が混在する状況だと考えられるが、この時期に細胞は大きな生理的変化を起こすことが知られている。枯草菌では各種の分泌酵素の生産、DNA取り込み能力などが活性化され、さらに条件によっては胞子形成への過程が誘導される。その過程ではGrowth Phaseとは異なるRNAポリメラーゼ(シグマ因子)の発現が逐次的に起こるばかりでなく、遺伝子の再編成や細胞膜形成と連動したタンパク修飾といって高次な生合成制御が起こっている。これはまるで真核細胞が増殖を止めて分化するのと同じようだ。Growth PhaseからStationary Phaseへの曲がり角の時期はDifferentiation Periodといっていもよいのではないかと私は思っている。
他のバクテリアについても、この曲がり角の時期の生理の研究が進んでいる。石浜明さんの研究では大腸菌にもシグマ因子カスケードが誘発され、Stationary Phaseにおける長期の生存に必須な機能が作られると記憶している。多くの種類のバクテリアで細胞間コミュニケーションが活発に起こり、二次代謝物質の生産が行われるのもこの時期ではないだろうか。Growth Phaseはバクテリアに共通の普遍的な機構で高分子が合成され、細胞周期が進行し、分裂に至る。これに対し曲がり角の時期は種に固有の多様な表現形が現れる。これもDifferentiationに特徴的な性質だといえるだろう。
最近、微生物ゲノムの研究会に出席して、Lag phaseからSteady State Growthを経てStationary phaseにいたる、いわゆるGrowth Cycle の研究が多いのに驚かされた。私にとっては、微生物細胞学のルネサンスのように感じられる。もちろん“measurement”はmicro-arrayなどゲノム情報を駆使した新しい技術であり、得られた豊富な情報は情報科学的技術によって解析されている。このような研究から、Growthの基本的原理とDifferentiation PeriodやStationary Phaseの多様性の全貌が着々と解決される予感がする。その知識はさまざまな新規微生物機能の応用に利用されるであろう。面白くて役に立つ、ゲノム科学は捨てたものではない、といえる一例ではないだろうか。
2008年、新年のresolutionに戻ろう。世の中がglobalizationの掛け声で成長を競い合っても、少しも面白くないし、地球の悲鳴が聞こえてくるだけだ。これまで成長に邁進してきた先進国の人間はGrowthを止めてStationary Phaseへ向かう転換をすべきではないだろうか。微生物が教えるようにその過程では地域に個性的な多様な活動がおこり、新しい文化が生まれることが予想される。持続性可能なライフスタイルはまさにバクテリアのStationary Phaseのスタイルを真似ることなのだと経済学者に提案できるように、Stationary Phaseへの転換と維持のメカニズムを早急に明らかにしたいものである。
投稿者:日本ゲノム微生物学会会長 吉川寛