『GENOMES 2008, Functional Genomics of Microorganisms (微生物機能ゲノム学会議)』Pasteur Institute, Paris, France. April 8-11, 2008

パリ市街15区、微生物研究のメッカと言われることもあるパスツール研究所にて開催された『GENOMES 2008, Functional Genomics of Microorganisms (微生物機能ゲノム学会議)』に出席する機会を得た。日本ではお花見気分の4月初旬、「今年のパリは暖冬だった」という噂を信じ薄着のまま出かけたが、夕刻に到着したシャルルドゴール空港ではなんと雪が降っていた。この雪と家路を急ぐ渋滞のためモンパルナスへのバスは通常の倍の時間を要した。10余年前の留学時代以来の知己が自宅へ招いてくれた。この突然の寒さと4月の雪は、パリジャンにとっても予想外だったようだ。翌日の昼にはどうにか積雪が消え、カーラジオから北京オリンピック参加の是非についての熱い論戦が聞こえる。しかし日中の気温は依然10℃にも及ばない。ベルサイユ・シャンティエ駅前で別れる折、友人は筆者の軽装を心配しカシミアのマフラーを貸してくれた。持つべきものは友である。
さて、GENOMES 2008は2000年にパスツール研究所にて開催されたGenomes 2000を皮切りに始まった国際会議シリーズに属す。Genomes 2004 (Hinxton, Cambridge, UK), Microbial Genomes 2007 (Hinxton, Cambridge, UK), ASM-TIGR Microbial Genome Conference (USA)と3度の外回りを経て8年目の里帰りである。今回参加者は総勢500人程度ということであったが、どうも常時会場にいた人数はそれよりも少なかった気がする。専門のセッションでは集中するが、その他は一寸息抜きというフランスらしいリラックス感が漂う。欧州勢(やはりフランス人が多い)の参加が大半を占めるなか、我国からの参加者は筆者を含めて奈良先端大の小笠原先生や九州大の久原先生など5人ほどだったと思う。4月は年度始まりで種々行事が多く出かけ難い時期である。
口頭発表はオーガナイザーが招聘したものが特別講演を含めても50件程度、参加者が自発的に申し込めるポスター発表は約170件を数えた。まず、目を引くのは病原菌に関する研究発表が多いことであった。ゲノム解析を基礎とすることで研究内容は質的にも量的にも厚みが増して興味深い遺伝子機能や調節機構が多数見出され、加えて比較ゲノム論的な考察も盛んになされていた。コーヒーブレイクでの一幕、「何故にこれほど徹底的に病原菌を研究するか」という筆者の問いかけに対して、「孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず」というフランス語が返ってきた。まさか「兵法」を知っているとは恐れ入った。
いわゆるオミックス研究は視覚的に訴えるものが多く、圧巻はHecker教授(ドイツGreifswald)の黄色ブドウ球菌のプロテオーム解析の発表であった。元より彼は枯草菌のオミックス研究の第一人者として高名であるが、他の微生物が相手でも彼のノウハウを持ってすればアッという間にそのエキスパートに大変身である。その他、メタボローム解析においては、質量分析に酵素反応プラットフォームを組み合わせた新たな分析法の開発がScripps研究所のNorthen博士から紹介され大いに反響を呼んでいた。
勿論のこと、新世代DNAシーケンサーの登場は多くの研究者の関心事であり、本会議にも各メーカーのプレゼンテーションやブース展示が盛り込まれていた。シーケンス能力の革新の延長線上には、当然メタゲノム解析の新世界が描かれる。様々な環境への生物群の適応、宿主と共生者の共存関係樹立などを大量のシーケンスデータから理解しようという動きは顕在化するに留まらず今や実行可能な科学となった。フランス国立農業研究所(INRA)のEhrlich博士(筆者留学時のホスト)はヒト腸内微生物叢メタゲノム研究プロジェクトMetaHITについて発表した(http://www.international.inra.fr/press/metahit)。彼が主導するMetaHITは欧州第7期研究開発プログラム(FP7)の支援を受けてキックオフを迎えるところなので具体的な研究成果はまだ無いのだが、研究の先行事例として東大の服部先生らによる研究成果が大きく引用されていた。
帰国後、会議参加者が一同に会し八重桜の前でとった写真が届いたが、一生懸命に探さないと我々が何処にいるのかわからない。ふっと、科学立国ニッポンの国際プレゼンスは如何に?もはや東洋の一小国に過ぎないのか?と不安がよぎるのだ。中国も韓国も重点的にゲノム研究に投資して、インパクトのある研究成果と優秀な人材の輩出に躍起になっているようだ。ぼんやりしてはいられない。


投稿者:吉田健一:神戸大学大学院農学研究科・准教授)



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